会社概要

アスタリズムはWEB系システム開発・WEBサイト制作を行うフリーランスの集まりとして創立しました。

創立当初から法人化までの期間、様々な制作案件に携わりシステム開発で得た技術力、サイト制作で得たノウハウで新しい物づくりができないかと考えました。

そして、ユーザーに直接届くものをつくり、それがビジネスになることを目指し2007年5月の法人化を機に、ゲーム制作事業部[ NIGORO ]を立ち上げ、WEBブラウザで遊べるゲームを起点とする事業展開を開始いたしました。

私たちは、「おっちゃんでもできる、昔の興奮そのままなゲームを創る」を合言葉にこだわりを持った作品作りを行ってまいります。

会社名 株式会社アスタリズム
創立 2002年1月
設立 2007年5月
所在地 〒639-0265
奈良県香芝市上中269-3-212
主な事業内容 WEBブラウザ用Flashゲームソフトの企画・開発・販売
家庭用・業務用ゲームソフトの企画・開発・販売
携帯電話用ゲームソフトの企画、開発、販売
WEBサイトの企画、制作、保守、運営業務
WEBシステムの構築・管理
主な営業エリア 東京都(新宿・池袋・渋谷・上野・品川等、東京23区及び23区外)
詳しくはお問い合わせページよりお問い合わせください
取引銀行 東京三菱UFJ銀行
TDB企業コード 989630188

アスタリズムの歴史

2002年初頭
仲村と鮫島が某PCスクールで出会い、声のでかい講師として競う中、「俺らWEB系ならなんでもできるやん」と飲み屋で話す。
翌日、「なんでも」を表す記号 『*(アスタリスク)』と「主義」を表す『IZM』を合体させ、フリーランス集団『アスタリズム(ASTERIZM』)を創る。
まさかこの時、名前の言いづらさに省略され「アスタさん」と呼ばれるようになるとは思いもしない。

2006年12月
当時、個人制作グループ 「GR3 PROJECT」のボスだったミスターNIGOROこと楢村と鮫島邸で会合を行う。
「ゲーム作ってご飯食べていくなら、一緒にやりましょうよ。Flashベースのゲーム制作だったら広めやすいし、仮に失敗してもWEB系の制作会社として生き残ることもできますよ。」と楢村をたぶらかしNIGORO結成に向けて始動

2007年5月
仲村嫁の暗躍により、5月1日に自力で法人化。
以降、株式会社アスタリズムとなる。

同12日
おっちゃんができる昔の興奮そのままなゲームを創る集団、[ NIGORO ]がスタート
同日
NIGORO Flashゲーム 第1弾 [ Death Village ] をリリース。
公開3日目にして、アクセス過多でサーバダウン寸前までいく。
当然、ホスティング会社から追い出される。

2007年6月
某日
全スタッフ揃っての合宿を倉敷にて行う。
以降、倉敷会議は最終意思決定場所となる。

2007年7月
世界をビンタの渦に巻き込んだNIGORO Flashゲーム 第2弾 [ 薔薇と椿 ]を14日にリリース。
日本・韓国・台湾などのアジア地域を中心とした異常なまでのアクセスと、調子に乗って英語版をリリースしたため2度目のサーバ移設を余儀なくされる。これより、自前のサーバにてサービス提供を行うことになる。
また、NIGOROの生命線となるテストプレイヤー集団「先遣調査隊」を勝手に結成する。

2007年8月
某社からクレームが来そうなタイトルNIGORO Flashゲーム 第3弾 [ ひっこしぽろぽろ ]を27日にリリース。
初のキーボードだけでできるジャンプアクションゲームとして今までとは違うタイプのユーザーを集めることに成功する.

2007年10月
初ちゃぶ台返しを行いリリース予定日を大幅に遅らせたNIGORO Flashゲーム 第4弾 [ 宇宙船キャプスターII ]を16日にリリース。
ちゃぶ台返しが発生した経緯は、「これじゃつまらん。」の一言だった。
この作品より「先遣調査隊」に活躍をしてもらい、さんざんテストプレイをしてもらった後にリリースを行うことが習慣づけられる。
英語版の公開も同時に行う運営スタイルが常となり、英語圏からのアクセスが今まで以上に増えることにもなった。

2007年12月
21日に、ゲームを作る人口が増える為の何かしらの手助けになればと考え、プログラマ陣がゲームの作り方をつづる[ 経堂 ]を公開。
その、濃すぎる内容のためむしろ人口が減るんじゃないかと運営陣はひやひやしながら校正をおこなう。

同29日
NIGORO Flashゲーム 第1弾 [ Death Village ] に、ユーザーが自分で作ったステージを投稿できる[Network Stage]モードを実装。
WEBシステムとFlash、そしてゲームを融合させる、当社のもっとも得意とする仕事が完成した。
ステージエディットではユーザーが投稿し、クリアがほぼできないものから、笑いが止まらないものまで多種多様なステージが今も作り続けられている。

2008年2月
GDC(Game Developers Conference)を運営しているINDIE GAMESで「薔薇と椿」がフリーゲーム2007部門で第1位に選ばれる。

賞金がないことに憤慨する。

2008年3月
3月も終わりになる31日ぎりぎりにNIGORO Flashゲーム 第5弾 [ めくり番長 ]をリリース。
バカゲーのNIGOROが完全にイメージつけられる。海外では、女生徒のグラフィックをTシャツにする強者が現れる。

2008年6月
某日、Shockwave様イベントにおいて、加藤夏希さん・高橋名人より「薔薇と椿」を「良いクソゲーだ」と評価をいただく。
実写版「薔薇と椿」制作時には、加藤夏希さんに出演依頼をすることが経営陣にて決定される。

同11日
当社ゲーム初のレンタルケースとしてShockWave様サイトにカスタマイズした「薔薇と椿」をリリースする。
プレイ回数ランキングにおいて、万年1位の怪物「ZOOKEEPER」に迫り、初登場2位を記録。
全ステージをクリアすると裏モードである薔薇と椿2が遊べるというおまけもありビンタファンをさらに広げる結果に。

2008年9月
「経堂」にて連載中であったサンプルゲーム「バウンスショット」を正式に NIGORO Flashゲーム 第6弾 [ バウンスショット ]として18日にリリース。NIGORO初となる、誰もエンディングまでたどり着けないゲームとなる。

同24日
ShockWave様サイトにカスタマイズした「めくり番長」をリリースする。
事前に多くのユーザーから寄せられていた「縞パンツ」をふくめ全21種類のパンツが選べるようになる。
「パンツを増やしてください。」と一番強い要望をあげたのは誰であろう、Shockwave担当者様である。

2008年10月
初のオーダーメイドFlashゲームとしてNIGORO Flashゲーム 第7弾 [未来開発カンパニー]を21日にリリース。
ダレット様が運営する「ダレットワールド」内で展開されるメイテック様のプロモーション用ゲームとして制作。
これから製造業系のエンジニアを目指す若い人たちに「技術開発ってすごい面白いよね」を伝えるゲーム内容を目指した。
ナビゲートキャラである「オペ子」の名前を堅持することが最重要課題であったことも事実。

2009年5月
半年間の沈黙を破り、NIGORO Flashゲーム 第8弾 [ ミラクルウィッチ ]を12日にリリース。
往年のARPG(というか、ハイドライトとボルフェス)を彷彿とさせるゲーム性のため30代以上から大絶賛。
ゆとり世代からは難しすぎると大評判を得る。

2009年7月
某日、放置され続けていた株式会社アスタリズムのWEBサイトをリニューアルする。

同27日
任天堂 Wiiウェアで[LA-MULANA(ラ・ムラーナ)]を制作、米国内で販売することを発表する。
任天堂(US)公式雑誌[Nintendo Power]への掲載内容が販売日前にフライングゲットされ米国内で大きなニュースとなる。予想外のことで広報担当者が大焦りとなる。

そして、現在に至りこれからも続く。